日本比較文学会東北支部のページ

日本比較文学会の東北支部活動について情報発信して参ります。

[要旨②]

大庭みな子『浦島草』論―女たちの語る「戦後の民話」をめぐって―

髙畑早希(名古屋大学大学院)

 

 1976年の日本を舞台とする『浦島草』は、複数の女性たちが、アメリカから帰国した主人公の雪枝へ向けて、自分たちの戦後の記憶を語る物語である。被爆や障害、混血児としての生い立ちなど、戦後30年を経過した時点においても癒えない、傷跡としての記憶が語り直されることから、本作は「ポストメモリー」の枠組みのなかで研究されてきた。

本発表はこの研究史を引き継ぎながらも、傷跡の〈語り直し〉の行為により注目し、大庭が初期作品以来取り入れてきた民話的手法との関連を考察する。

従来、大庭の手法には、アラスカで得たトーテム芸術や民話への感性が影響を与えていると指摘されてきたが、その具体的な考察は作家個人の範囲にとどまっていた。本発表では、まず、アラスカ経験を書いた初期作品(特に『トーテムの海辺』)から『浦島草』に至るまでの展開をもとに、大庭が、民話的なモチーフやイメージを作品へ取り入れる際の手法の変遷を明らかにする。その後、『浦島草』の書かれた同時代の日本において、松谷みよ子ら民話運動の人々によって行われていた「現代民話」の採集作業(=戦争の記憶の民話化や語り直しなどの活動)との比較を行い、大庭の小説がどのような特殊性や意義を有するか検討したい。

[要旨①]

牛島春子「祝といふ男」―植民地主義における浪漫精神の表現

賈戈輝(筑波大学大学院研究生)

 

 作家・牛島春子(1913〜2002)は、1936年から1946年まで、「満洲国」即ち中国の東北地方に足掛け十年間住んでいた。本発表では、牛島の「満洲」作品のうち最も注目を浴びた「祝といふ男」(1940)という小説について、植民地や植民地主義をめぐる表現に焦点を当て、植民地主義に回収される作家の浪漫精神を明らかにする。「祝といふ男」は、牛島が1937年から1938年までの出来事に基づいて執筆したものである。本発表は、小説における登場人物と原型となる人物を比較することを通して両者の違いを見出し、この違いによって具体化された作者の浪漫精神の表現について考察する。そして、植民地主義を基盤とする、執筆時期までの社会背景を視野に入れて検討する。彼女の浪漫精神の表現は植民地主義に回収されたものであり、言いかえれば牛島本人の植民地主義の表現とも言えることを主張したい。

日本比較文学会東北支部 第21回比較文学研究会についてのお知らせ(開催検討中)

第21回比較文学研究会についてのお知らせです。

来る3月28日(土)に予定されております日本比較文学会東北支部第21回比較文学究会につきまして、新型コロナウイルス感染が広がりつつある現状を考慮し、開催の可否について現在慎重に検討を行っております。3月第1週中に方針を確定してお知らせいたしますので、今しばらくお待ちください。
なお、参考として、開催時のプログラムを添付いたします。

 

       記

 

・日時 2020年3月28日(土)13:00~ *受付開始12:30〜

・場所 マリオス 盛岡地域交流センター 183会議室

   〒020-0045 盛岡市盛岡駅西通二丁目9番1号

     ▼会場アクセス→ マリオス|盛岡地域交流センター

 

 

[開 会 の 辞]     森田直子(東北支部長)

 

[研 究 発 表]

・牛島春子「祝といふ男」―植民地主義における浪漫精神の表現

賈戈輝(筑波大学大学院研究生)

 

・大庭みな子『浦島草』論―女たちの語る「戦後の民話」をめぐって―

髙畑早希(名古屋大学大学院)

 

・写真家ポール・ストランドの作品に見る異文化表象

矢島真澄美(東北学院大学

 

島木健作満洲紀行』と渡辺勉の報道写真

山崎義光(秋田大学

 

・1960年前後の〈東北〉表象と石坂洋次郎編『津軽

森岡卓司(山形大学

 

 

日本比較文学会東北支部 第21回研究会 発表者募集のお知らせ

日本比較文学会東北支部 第21回研究会の発表者を募集します。

次回の研究会は、2020年3月28日(土)に岩手県盛岡市にて開催いたします。

発表をご希望の方は、2月7日までにタイトルと要旨(400字程度)を添えて事務局(右上プロフィール欄)までお問い合わせください。


*なお、発表者で常勤でない方には、支部としまして交通費の補助をさせていただく予定です。お含みおき下さい。
*発表の申し込みをいただいた方には確認のメールをお送りします。

[特集 シンポジウム]言語の選択と文学の流通

講演 澤 正宏氏(福島大学名誉教授)

講演 秋草 俊一郎氏(日本大学

報告 高橋 由貴(福島大学

司会 佐野 正人(東北大学

 

 2000年代より英語圏を中心に、文学の生成・流通を世界的な視座の下で捉える「世界文学」という概念が定着しつつある。国家や民族という狭い仕組みに縛りつけられていた作品が、世界というフィールドに流通することで、新たな読者を獲得したり、従来とは異なる解釈へ開かれたりする。生来に獲得される母語以外の外国語で創作する行為や作品に対する評価も、劇的に変化しつつある。こうした「世界文学」論の隆盛を受け、今回の特集では、文学が世界規模で流通する際に問われる言語の選択という事態について考えたい。

 進行は、まず澤正宏氏に「西脇順三郎モダニズム」と題した講演をいただく。西脇はオックスフォード大学留学中に英詩集『Spectrum』(大正14年)を刊行する。この時、ラテン語で詩を書くという試みもなされている。日本を遠く離れ、日本語ではなく外国語で詩作をスタートさせた西脇の文学的営為について、モダニズムとの接触を中心にお話を伺う。

 続いて、秋草俊一郎氏に「ソヴィエトと「世界文学」―翻訳と民族語創作の奨励をめぐって」と題してお話しいただく。ポストコロニアルな状況において、英語による一元的な支配ではなく、民族語による多様な創作を奨励すべき、そして翻訳を活発にすべきという議論がなされることがある。20世紀において、実際にそれを政策として実行した国家が、ソヴィエト社会主義共和国連邦である。今回の講演では、ソヴィエトが革命50周年を記念して出版した『世界文学叢書』全200巻を例にとりあげて、その内実をご紹介いただく予定である。

 最後に支部会員より高橋由貴が、「畠山千代子の英語詩創作のプロセス」として報告を行う。宮城女学校時代、宣教師の指導の下で英語詩を作っていた畠山千代子という女性について紹介し、またウィリアム・エンプソンによる彼女の英語詩添削のコメントを検討しながら、〈日本人に英語詩が書けるのか〉という問題について提起したい。

[発表要旨]

夏目漱石テオフィル・ゴーティエ受容 ―ラフカディオ・ハーンを媒介項として―

 中島 淑恵(富山大学

 

 漱石文庫には、ゴーティエの作品の英訳が3種類収蔵されている。このうち1冊は、ハーン訳による「死霊の恋」、「ミイラの足」「カンダレウス王」が収められた1908年出版の『世界物語作家叢書』である。これらの作品は、もとは1882年にハーンが自費出版した『クレオパトラの一夜およびその他幻想物語集』に収められていたものであるが、いずれの作品も、訳出にあたってハーンが参照したと思われるゴーティエの原作にはさまざまな書き込みがあり、ハーンの初期作品に深い影響を与えたのではないかと考えられている。

 漱石におけるハーンの影響については、テーマ上の共通性が指摘されることはあっても、それが実証されることは従来あまりなかったように思われる。本発表では、これらの物語について、ゴーティエの原文とハーンの英訳、さらに漱石の書き入れ等を比較検討しながら、とりわけ「墓」「死美人」といった問題系について、その影響関係を推論するものである。