[要旨⑤]
石坂洋次郎編『津軽 〈詩・文・写真集〉』(新潮社 1963)は、石坂、高木恭造、小島一郎の既発表作を改めて編集したものである。高橋しげみ(「北を撮る―小島一郎論」、『小島一郎写真集成』インスクリプト 2009)は、本書刊行の前史に小島と北畠八穂との雑誌グラビアページ上のコラボレーション(『中央公論』1961.12)があったこと、また、本書の編集構成に小島一郎の主体的な関与があったことを指摘したうえで、北方(東北、北海道)表象に関する小島の複雑なスタンスを論じている。本発表においては、ここに石坂、高木両者のテクストの選択、配列の問題を併せ考えつつ、「あとがき」において石坂が述べる本書の主題「津軽のエスプリ」を、戦後の〈東北〉表象の文脈に再浮上させてみたい。
[要旨④]
山崎義光(秋田大学)
島木健作『満洲紀行』(創元社、1940)は満洲開拓地の実状見聞にもとづいたエッセイ集である。本書の特質が見聞のリアリズムによる批評性にあることについて拙論「島木健作の地方表象」(『一九四〇年代の〈東北〉表象 文学・文化運動・地方雑誌』 東北大学出版会、2018)で論じた。本発表では『満洲紀行』に渡辺勉撮影の30葉の写真が付せられていることを取り上げる。島木は序文で「私の文章と渡辺君の写真とは必ずしもマッチしてはゐない。しかし、印象的な紀行文からははるかに遠い私の旅行記が、これらの写真によつて柔らげられ、補われるところがあれば有難いと思つてゐる」と記していた。島木の序文の意味を、当時、渡辺が満洲移住協会発行『新満洲』などに掲載していた写真や、写真入門書として刊行した『組み写真の写し方纒め方』(アルス、1941)を参照して明らかにする。それによって、20世紀のルポルタージュ(記録、調査、報道、報告、紀行)に関する細やかな問題提起としたい。
[要旨③]
写真家ポール・ストランドの作品に見る異文化表象
矢島真澄美(東北学院大学)
写真家ポール・ストランド(Paul Strand 1890年−1976年)は、1900年代のアメリカで、「ダイレクト」と称されるほどまっすぐに被写体と対峙し、彼独自のストレート・フォトグラフィーを確立したことで知られている。
ストランドについては、これまでも肖像写真を撮影する際に用いた隠し撮りの手法や、社会的問題を扱った写真などについての研究がされてきた。しかし、表現における特徴や時代背景を考慮しつつ、異文化表象という視点から一つ一つの作品を詳細に分析した研究は管見の限り見つかっていない。そこで、本研究では、異文化表象という視点から、ドキュメンタリー写真と芸術写真の両方の要素を兼ね備えていたと考えられる彼の作品の新たな一面を提示していきたい。
まずは、そのための一歩として、本発表では、1900年代のアメリカにおける写真界の表現に対する議論について整理しながら、写真集『メキシコの作品集』The Mexican Portfolio(1967)を考察していくこととする。
[要旨②]
大庭みな子『浦島草』論―女たちの語る「戦後の民話」をめぐって―
髙畑早希(名古屋大学大学院)
1976年の日本を舞台とする『浦島草』は、複数の女性たちが、アメリカから帰国した主人公の雪枝へ向けて、自分たちの戦後の記憶を語る物語である。被爆や障害、混血児としての生い立ちなど、戦後30年を経過した時点においても癒えない、傷跡としての記憶が語り直されることから、本作は「ポストメモリー」の枠組みのなかで研究されてきた。
本発表はこの研究史を引き継ぎながらも、傷跡の〈語り直し〉の行為により注目し、大庭が初期作品以来取り入れてきた民話的手法との関連を考察する。
従来、大庭の手法には、アラスカで得たトーテム芸術や民話への感性が影響を与えていると指摘されてきたが、その具体的な考察は作家個人の範囲にとどまっていた。本発表では、まず、アラスカ経験を書いた初期作品(特に『トーテムの海辺』)から『浦島草』に至るまでの展開をもとに、大庭が、民話的なモチーフやイメージを作品へ取り入れる際の手法の変遷を明らかにする。その後、『浦島草』の書かれた同時代の日本において、松谷みよ子ら民話運動の人々によって行われていた「現代民話」の採集作業(=戦争の記憶の民話化や語り直しなどの活動)との比較を行い、大庭の小説がどのような特殊性や意義を有するか検討したい。
[要旨①]
牛島春子「祝といふ男」―植民地主義における浪漫精神の表現
賈戈輝(筑波大学大学院研究生)
作家・牛島春子(1913〜2002)は、1936年から1946年まで、「満洲国」即ち中国の東北地方に足掛け十年間住んでいた。本発表では、牛島の「満洲」作品のうち最も注目を浴びた「祝といふ男」(1940)という小説について、植民地や植民地主義をめぐる表現に焦点を当て、植民地主義に回収される作家の浪漫精神を明らかにする。「祝といふ男」は、牛島が1937年から1938年までの出来事に基づいて執筆したものである。本発表は、小説における登場人物と原型となる人物を比較することを通して両者の違いを見出し、この違いによって具体化された作者の浪漫精神の表現について考察する。そして、植民地主義を基盤とする、執筆時期までの社会背景を視野に入れて検討する。彼女の浪漫精神の表現は植民地主義に回収されたものであり、言いかえれば牛島本人の植民地主義の表現とも言えることを主張したい。
日本比較文学会東北支部 第21回比較文学研究会についてのお知らせ(開催検討中)
第21回比較文学研究会についてのお知らせです。
来る3月28日(土)
なお、参考として、開催時のプログラムを添付いたします。
記
・日時 2020年3月28日(土)13:00~ *受付開始12:30〜
・場所 マリオス 盛岡地域交流センター 183会議室
▼会場アクセス→ マリオス|盛岡地域交流センター
[研 究 発 表]
・牛島春子「祝といふ男」―植民地主義における浪漫精神の表現
賈戈輝(筑波大学大学院研究生)
・大庭みな子『浦島草』論―女たちの語る「戦後の民話」をめぐって―
髙畑早希(名古屋大学大学院)
・写真家ポール・ストランドの作品に見る異文化表象
矢島真澄美(東北学院大学)
山崎義光(秋田大学)