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[講演](特集:翻訳と文芸理論 ―20 世紀日本文学の幕開け―)

【講演】
井上健日本大学)「大正二年の翻訳文学 ―その意義と可能性をめぐって―」

 大正二年(一九一三年)の文壇・出版界を回顧した文章の多くが異口同音に語るのは、この年が創作よりもむしろ翻訳によって記憶されるべき一年であったという事実である。トルストイ(相馬御風訳)『アンナ・カレニナ』、ゲーテ森林太郎訳)『フアウスト』、メーテルリンク島村抱月訳)『モンナ・ヷンナ』、モーパッサン広津和郎訳)『女の一生』)、永井荷風『珊瑚集』など、明治文学、自然主義文学の総決算期に相応しい訳業が世に問われた大正二年はまた、ベルグソン『創造的進化』、オイケン『新理想主義の哲学』などの「生の哲学」や、シモンズ(岩野泡鳴訳)『表象派の文学運動』、フローベール生田長江訳)『サラムボオ』、ワイルド(本間久雄訳)『遊蕩兒』(『ドリアン・グレーの肖像』初訳)など、自然主義以降の日本近代文学の流れに照らして大きな意味を持つ訳書が刊行された年でもあった。本発表においては、大正二年の翻訳文学から、震災前の「大正文学」、震災後のモダニズム、アメリカニズムの文学・翻訳に何本かの補助線を引いてみた上で、日本翻訳文学史上における大正二年の意義について再検証を試みたい。