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日本比較文学会東北支部のページ

日本比較文学会の東北支部活動について情報発信して参ります。

[特集研究発表]要旨①

悲劇とは何か

 ――二つのロミオとジュリエットの物語をめぐって――  田中一隆(弘前大学


 よく知られているように、シェイクスピアの作品の多くには、いわゆる種本(材源)が存在する。『ロミオとジュリエット』の場合も例外ではなく、種々の材源が指摘されているが、中でも最も有力なのが、シェイクスピアよりほぼ一世代前のイギリスの詩人アーサー・ブルック(Arthur Brooke, ?-1563)の物語詩『ロミウスとジュリエットの悲劇物語』(The Tragical History of Romeus and Juliet, 1562)である。しかし、この物語もブルックの単独作ではなく、イタリアの短編作家マテオ・バンデロ(Matteo Bandello, 1485-1561)のノヴェラを、ピエール・ボエステュオ(?‐1566) がフランス語に訳し、ベルフォレ(1530-83)の『悲劇物語集』 (Histories Tragiques, 1559-82) 中の一篇として出版されたものを土台に、自由に再話した作品であるとされている。

 ブルックの『ロミウスとジュリエット』には、筆者による序文「読者へ」(“To the Reader”)が付けられていて、筆者がこの物語を読者に伝えるその意図が詳説されているのであるが、作者ブルックは、二人の恋人の物語は、いわゆる反面教師として、つまり、この二人のように「偽りの人生」(“unhonest lyfe”)を送ると最後には必ず破滅的な結末に至ることを読者に知らしめるいわゆる「見せしめ」(“exaumple”)として受け取ってもらいたい、とはっきり述べている。反面教師は「悲劇」たり得るか、という論点は重要だが、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の意図は、ブルックの物語詩の意図と重なり合う部分も多いものの、基本的な部分で異なっているように思われる。本発表では、シェイクスピアの意図を、本作品の解釈の歴史も考慮に入れながら、「悲劇とは何か」という問題意識に基づいて考察してみたい。