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[研究発表]要旨④

詩の生成 ―ポーリーヌ・メアリ・ターン「コブレンツの思い出」をめぐって―
 中島淑恵(富山大学


 フランス国立図書館には、ポーリーヌ・メアリ・ターン(ルネ・ヴィヴィアンの本名)の少女時代の手稿が複数残されている。そのうち、16 歳のターンが創作ノートとして書き始めた手帳には、コブレンツを旅した印象が散文で綴られている。ターンが訪れた1893 年当時には、普仏戦争の犠牲となったフランス軍兵士の墓が、コブレンツの演習場の片隅にうち棄てられたようになっていたようである。そのようなドイツの仕打ちに義憤を感じた少女ターンは、ドイツへの敵意とフランスへの愛国心にあふれた文章を綴っている。このときの印象は、詩人となることを決意した少女ターンにとって相当鮮烈なものだったようで、このあと、当時師と仰いで詩作の助言も受けていたらしいアメデ・ムレに宛てた書簡の中でも、このときの印象を韻文で綴ることを何度か試みている。
 本発表では、散文で書かれた最初のエッセイと韻文で書かれた書簡の中の詩とを比較対照させることによって、少女時代のヴィヴィアンが、あるテーマをどのように詩と成して行ったかについて、その軌跡を探ろうとするものである。また、韻文で書かれたものは複数のバージョンが残っており、おそらくはアメデ・ムレの助言を受けて、少女詩人が韻文を彫琢して行った軌跡をもたどることができるものと思われる。
 また、「敵愾心」や「愛国心」といったテーマは、詩のテーマとしては凡庸であり、後年のヴィヴィアンの作品の中に、直接的な形では反映されてはいないが、「墓」や「死」といった形象はヴィヴィアンの作品の中で重要なテーマ系をなしており、その死生観とでもいうべきものに何らかの影響を与えているのではないかと推測される。本発表では、形式的な詩の彫琢以外に、これらのテーマ系がその後のヴィヴィアンの作品の中でどのように反映されているか、あるいは変容を被っているかについても検討を加え、ヴィヴィアンの詩作のあり方を検討する機会にしたいと考えている。