読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本比較文学会東北支部のページ

日本比較文学会の東北支部活動について情報発信して参ります。

[ワークショップ]報告①

笑う身体の誕生 ―パラッツェスキ初期詩作品読解―
 石田聖子(東京外国語大学リサーチフェロー)

 

 本発表は、20 世紀初頭イタリアで浮上した笑い認識を、身体をめぐる文学表象との関連に着目しつつ考察するものである。分析の主な対象とするテクストは、アルド・パラッツェスキ(Aldo Palazzeschi, 1885-1974)の初期詩集『白馬』(1905 年)、『ランタン』(1907 年)、『詩集』(1909 年)である。
 1881 年、高い身体能力を備える操り人形ピノッキオの誕生は、新たな身体性の萌芽を予告した。実際に、20 世紀初頭にアバンギャルドが台頭すると、異質な身体をめぐる表象が次々に現われた。たとえば、同時期に世界で広く人気を博したイタリア初期喜劇映画は、映画技術を最大限に駆使することで“四肢がバラバラになってもなお動く身体”など斬新な表象を次々に生み出し、他方、綜合芸術運動未来派は新しい時代に適したダイナミックな身体性の発露を声高に訴えた。そうしたなか、新たな時代に相応しい身体として“笑う”身体を構想し、その文学における表象を追求した作家がパラッツェスキだった。後に未来派の首唱者マリネッティに見出されて同派に加入し、笑いを称揚する未来派宣言「反苦悩」(1914 年)を執筆することになるパラッツェ
スキは、未来派と出会う前、すでに笑いと身体をめぐる思索を開始していた。その思索がたどった経緯は、パラッツェスキが1905 年から1909 年のあいだに創作し、構想された順に詩を厳密に並べて自費出版した三冊の詩集に克明に記録されている。パラッツェスキのもっとも初期の詩において身体は不在である。詩の空間を満たすのは身体の存在を噂する声だ。その後、徐々に見出されてゆく身体は、“笑い”を主な特徴とするものとして描かれる。ここで“笑い”は、新しい時代が要請する生の条件、すなわち生に対する能動的な態度の表明として選びとられる。発表では、パラッツェスキの初期詩に主な例をとり、“笑う身体”が生まれるまでの経緯を明らかにしたい。