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[シンポジウム テーマ「反米と親米」]企画趣旨

テーマ:親米と反米 

司会・コーディネーター 伊藤豊
発表(1):伊藤豊 『反米主義』から親米と反米を考える
発表(2):塩谷昌弘 江藤淳の〈反米〉―アメリカ観の変容とコミュニケーションのモード―
発表(3):加賀谷真澄 『海外雄飛』する青年―1900年代の『渡米熱』への期待と反動―

 

 「親米」と「反米」は、しばしば表裏一体である。そこには合衆国に対する単なる好悪の感情のみならず、超大国アメリカが他国に対して採ってきた政策をめぐっての、リアリスティックな賛否も含まれる。さらに言えば、伝統的にアメリカを主要な「他者」と位置付けて自己定義をおこなってきたヨーロッパの場合と、日本を含む非西洋世界における親米/反米の現れ方は、おのずから異なる。ヨーロッパの目に映るアメリカとは「ヨーロッパならざるもの」の総体であり、こうしたアメリカ観の形成に際しては、事実そのものの認識よりも、むしろ特定の事実の選択的な強調さらには根拠の薄弱なステロタイプが優先されてきた。一方、非西洋の人々にとって、アメリカは自由や機会の平等といった理念、そして巨大な経済の可能性によって、多数の移民をいまなお魅了している国である。ただし同時に、アメリカは自身の一方的な外交や軍事行動によって、他国に現実の災禍をもたらしうる厄介な存在でもあり、そのような立場から現れる非西洋世界のアメリカ観が概して反米的になりがちなのは、理の当然であろう。
 このシンポジウムでは、上記のようなアメリカ認識の葛藤を大枠として共有しつつ、それぞれの論者の立場から、「親米と反米」について検討してみたい。具体的には、(1)伊藤は反米主義を捉えるための理論的な枠組みの提供を試み、(2)塩谷は江藤淳のアメリカ観の変容を、コミュニケーションのモードという視点から考え、そして(3)加賀谷は1900年代の私費留学生の表象を、文学作品や新聞報道などから分析することによって、当時の日本社会が「海外雄飛」する青年に対して抱いていた期待と、アメリカへのアンビバレントな思いを考察する。