中村唯史
アメリカその光と影、または父なるものと空虚
:戦後日本知識人と亡命ロシア作家の事例
第二次大戦後の世界が事実上のPaxAmericanaだったことは、否定できない事実のように思われる。そのことは、東西対立の一方の盟主であることを標榜していたソ連の知識人の言説に、しばしば単純な敵視とは違った「アメリカの影」が差していることからも窺われる。また、東アジアにおける「西側」の代表格だった戦後日本の知識人の言説に、「アメリカ」が多大な影響、または束縛を及ぼしてきたことは、これまで加藤典洋ほかの批評家がくり返し指摘してきたところである。
本報告では、アレクサンドル・ソルジェニーツィン、ヨシフ・ブロツキー、江藤淳、村上春樹など、実際に米国に居住した経験を持つ作家を主な対象として、冷戦構造下での立ち位置が異なっていた戦後ソ連と日本の知識人の言説における「アメリカ」の描写や定位の比較対象を行なう。その作業を通して、20 世紀後半の世界におけるアメリカ、ソ連(ロシア)、日本の自己/他者表象の交錯模様の素描を試みたい。