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[研究発表]要旨②

ヴァルター・カレと漱石 共鳴する孤独 ―『行人』のドイツ語句をめぐって―

                               飛ヶ谷美穂子


 夏目漱石『行人』の「塵労」(三十六)の中に、主人公一郎とその友人Hが旅先の修善寺の山中で、「Keine Brücke führt von Mensch zu Mensch.(人から人へ掛け渡す橋はない)」「Einsamkeit, du meine Heimat Einsamkeit!(孤独なるものよ、汝はわが住居なり)」というドイツ語のやりとりを交わす場面がある。このうち後者はニーチェツァラトゥストラ』第三部を出典とすることが夙に知られているが、前者については作中「独逸の諺」とあるにもかかわらず該当することわざは確認されず、典拠未詳とされてきた。
 論者はさきに2014年度全国大会において、この問題について口頭発表を行い、1910~1920年頃すなわち第一次大戦前後のドイツでは、文学・社会学・哲学などさまざまな分野にこの語句の用例が確認でき、さらにその背景として、ヴァルター・カレWalter Calé(1881-1904)という夭折詩人の存在があることを指摘した。
 今回の発表では、その後入手した資料と作品の分析をもとに、カレに関する同時代評なども参照しつつ、問題の詩句がどのように受容され伝播されたかを検証し、漱石が直接カレの遺稿集Nachgelassene Schriften (1907)を読んだ可能性は低いにもかかわらず、この語句を『行人』に用いたことの意味を探りたい。併せてマックス・フリッシュアイゼン=ケーラー『学問と現実』(1912)などを手がかりに、当時のドイツ知識人たちと漱石が共有していた心性についても考察するつもりである。