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[研究発表]要旨③

恐怖の詩学田村隆一とW.H.オーデンの比較研究 陳セン(北海道大学大学院)


 第二次世界大戦後成立した『荒地』派グループは英米詩人、特に、T・S・エリオットからの影響が定説のように語られてきた。しかしながら、人間の本質的な不安、ないし恐怖に深い関心をもっていたW.H.オーデンが『荒地』派に及ぼした深い影響も見逃せない。本発表では『荒地』の詩作を代表する詩人田村隆一とオーデンを比較して論じる。
 1973 年、青土社により出版された田村の詩集『新年の手紙』は、オーデンの1700 行を越す長詩と同じ題名を持ち、田村がオーデン60 歳の写真から感銘を受けて創作した作品「ある詩人の肖像」も収録されている。また、田村の詩と批評においても、オーデンの詩と詩論は数多く論じられている。田村はオーデンについて「『危機』と『恐怖』の専門家」(散文「ぼくの苦しみは単純なものだ」)であり、「恐怖と不安と人間の崩壊を観察してきた」「鷲の眼」(詩「ある詩人の肖像」)を持っている詩人、と述べている。これらを手掛かりに、田村の詩と散文を取り上げて検討し田村がオーデンから受けた影響を明らかにしたい。
 田村の詩の最大の魅力は「たいへん強い感情のアクセントをともなった恐怖と戦慄のヴィジョンにあり、知性と感性の均衡から生まれる詩句の見事さ」(鮎川信夫「恐怖への旅」)と評されている。オーデンと田村の戦争(戦前・戦後も含めて)体験から生まれた「恐怖」の表象、主題、隠喩、思想性などが彼らの「恐怖の詩学」になったと考えている。そして田村の戦後十年間の作品を集めた詩集『四千の日と夜』と、オーデンの30 年代の詩作品と対比することによって、彼らの「恐怖の詩学」にはどのような共通点と相違点があるのかと言う問題を検討する。