

冷戦期文学としての江藤淳『成熟と喪失』
塩谷 昌弘氏(盛岡大学)
江藤淳は1962年からあしかけ3年におよぶアメリカ留学を終えて帰国した。帰国後の江藤の代表的な著作として、「第三の新人」と呼ばれる作家たちの作品を論じた『成熟と喪失』(1968)がある。ここで江藤は小島信夫『抱擁家族』(1965)に、戦後の日本における「自然」(=母)の崩壊を見ながら、一方でそれに耐える「治者」(=父)の存在を庄野潤三『夕べの雲』(1965)に見出している。江藤は、この中で『抱擁家族』に描かれる「セントラルヒーティング付きの家」を「近代」、あるいは「アメリカ」の象徴と見ているのだが、むしろこうしたアメリカ的な住宅への変容は、それが石油エネルギーを消費する「家」であることともに、極めて冷戦的な文化表象だったと言える。それは江藤が「治者」を見出した庄野の『夕べの雲』の「家」でさえ、そうだったのである。
本発表では、江藤が取り上げたこうした「第三の新人」の文学作品を、冷戦期の文学として読み直してみたい。また、それが後の江藤の検閲研究に、どのように結びついていくのかということも視野に入れて考えてみたい。
戦後の言語空間を生きる――坂西志保と冷戦文化
越智 博美氏(専修大学)
庄野潤三や江藤淳、あるいは石井桃子をアメリカ滞在に送り出すことに力を貸した坂西志保は、1930年代にアメリカ議会図書館に勤め、交換船にて帰国した知識人であり、戦時中以降、知米知識人として戦後民主主義、あるいはジェンダー規範の言説の構築に貢献した。だが、その足どりを掴むことは意外に難しい。現在、坂西について共同研究を試みているところだが、話題を共有して皆様のお力をお借りできると幸いである。
産炭地の知のあり方をめぐって――「石炭の文化」という視座
西 亮太氏(中央大学)
池田浩士は『石炭の文学史』のなかで松本清張の「火の記憶」を取り上げ、そこで重要なイメージとして描かれるボタ山とそこで燃える石炭の火を、文学における石炭の表象としてではなく、「石炭の一生」の文学的表現と位置づけた。「石炭の一生」とは、石炭紀の植物から地中深くで炭化し、人間に掘り出され燃やされエネルギーを生み出し、人間社会にインパクトを与え続ける石炭を、巨視的な視野でとらえるやや実験的な視座である。この多分に創造的な視角あるいは装置を経由することで、近代化から帝国主義、世界大戦、労働運動、エネルギー革命、新植民地主義を、そしてそれらの文学的表現を串刺しに見通す視座を構想することができる。池田のこの試みを参照しつつ、複数の産炭地をならべて検討する方途を探る試みを紹介したい。
長崎原爆からアメリカ留学へ――藤井昌子の戦後
齋藤 一氏(筑波大学)
藤井昌子は津田塾で学んだ後、九州帝国大学文学部でジェイムス・ジョイスを学び、大学院終了後は助手を務め、やがて長野県や長崎県で教育行政に携わった。1945年8月に長崎市で被爆。戦後は長崎大学で教育研究を行なったが、1950年に米国コロンビア大学に留学し、帰国後はウィラ・キャザーやウィリアム・フォークナーについて論文を書くようになった。発表者は藤井について調べているが、現在のところ、1945年から1950年まで、つまり被爆から米国留学まで、どういうことを考えていたのかがわからない。藤井の「空白の5年間」について、被爆経験がある日本人英米文学者の戦後の発言や活動と比較しつつ、考察してみたい。
ユーモアと思考 ―寺山修司の「笑い」とブレヒトの喜劇的異化効果についての試論―
摂津隆信氏(山形大学)
本 発表は、寺山修司のエッセイ『ユーモアの愉しみについて』(=『首吊人愉快』)における「笑い」批判に注目し、その演劇理念がブレヒト/ベンヤミンの異化効果・叙事的演劇といかに交錯するかを検討するものである。本エッセイ中で寺山は「笑い」に潜む政治性を見据えつつ、ブレヒト/ベンヤミン的な演劇政治を批判することで自己の演劇理念を明確化しようとした。しかしその理解には誤読も含まれ、それがむしろ彼自身の演劇思想を逆照射している。
本発表ではベンヤミン『叙事的演劇とはなにか(初稿)』の読解を手がかりに、笑いの身体的契機と政治性をめぐる看過された両者の共通性を明らかにし、20世紀の演劇思想を再編成する視座へと接続したい。
日本比較文学会2025年度東北大
年度末のお忙しい時期かと存じますが、会員のみなさまはもちろん、会員外の一般の方々のご参加も、お待ち申し上げております。
[開 会 の 辞] 仁平政人(東北支部長)
【発表】13:35〜14:05
1. ユーモアと思考 ―寺山修司の「笑い」とブレヒトの喜劇的異化効果についての試論―
摂津 隆信(山形大学)
〈休 憩 5分〉
【特集 冷戦期文学の再検討――人と資源の移動という観点から――】14:10〜15:30
司会・コーディネーター 高橋 由貴(福島大学)
1.長崎原爆からアメリカ留学へ――藤井昌子の戦後
齋藤 一(筑波大学)
2. 産炭地の知のあり方をめぐって――「石炭の文化」という視座
西 亮太(中央大学)
3. 戦後の言語空間を生きる――坂西志保と冷戦文化
越智 博美(専修大学)
4. 冷戦期文学としての江藤淳『成熟と喪失』
塩谷 昌弘(盛岡大学)
【共同討議】(15:40〜16:30)
*研究会終了後、17時から「会津郷土料理 楽」(福島テルサから2分、福島駅東口7分)にて懇親会を開催いたします。
ご参加の方は、参加フォームからお申し込みください。お一人6000円となります。場所はこちらです。
*オンラインでの参加の方も参加フォームからご登録をお願いします。
【参加フォームURL】
