

固有名をめぐって――柄谷行人の「転回」とポール・ド・マン
大河内昌(東北大学名誉教授)
柄谷行人は、本人が言うように、1980年代におおきな「転回」もしくは「態度変更」を経験した。その背景には彼のアメリカにおける体験、とくにベルギー生まれの批評家ポール・ド・マンとの出会いが重要な契機としてあったと考えられる。柄谷自身、ド・マンの思い出をしばしば語っているが、ド・マンからどういう理論的影響を受けたかについては述べていない。本発表においては、転回期の柄谷のいくつかの著作と、ド・マンのいくつかの代表的な著作を取り上げて、それらがおなじ問題を共有していたこと、そして、ある地点で柄谷がド・マンの思想とちがう方向性に舵を切ったことを論じる。方法としては、柄谷の著作の中にド・マンの痕跡を探すのではなく、ド・マンの著作がどの程度まで柄谷の用語で説明できるのかを検証してみることにする。トリッキーな方法だが、それによって柄谷がド・マンの著作をどのように読んでいたのかをある程度まで推測することができるだろう。
夏目漱石の文学理論とW・ヴントの意識理論――文学モデル(F+f)の動態的拡張――
岐阜聖徳学園大学 木戸浦豊和
19世紀末から20世紀初頭の心理学において意識は中心的難問であった。夏目漱石はこの状況を「意識とは何ぞやとは心理学上容易ならざる問題」(『文学論』第一編第一章)と述べている。心理学者はこの難問にそれぞれ異なる学説によって応じたが、漱石の文学理論の研究では、W・ジェイムズの「意識の流れ」の影響が重要視されてきた。しかし漱石は文学理論の構築にあたってジェイムズに留まらず多くの心理学者の説を参照している。その一人がドイツの心理学者ヴィルヘルム・ヴント(Wilhelm Wundt, 1832~1920)である。
ヴントはOutlines of Psychology(英訳1897)において、意識を感覚(sensations)に感情(feelings)が随伴する(accompany)構造として捉えた。さらにヴントは、感覚と感情から成る内容が、注意(attention)によって意識の焦点(fixation-point of consciousness)へと引き上げられる働きを統覚(apperception)と呼び、その焦点に過去の記憶が聯想(association)によって結び付くことで意味が生じると説いた。
本発表では、漱石の文学モデル(F+f)をヴントの意識理論を視座に再解釈する。これにより、静態的な(F+f)のモデルを、作者の言語と読者の意識の往還による動態的モデルへと拡張し、文学経験の生成を記述する理論として更新する。
第25回比較文学研究会を以下のように対面・オンライン(Zoom)で開催致します。
会員のみなさまはもちろん、会員外の一般の方々のご参加もお待ち申し上げております。
記
日 時: 2026年7月25日(土) 14:30 〜 16:20
場 所: 東北大学文学研究科棟1階 135講義室/オンライン併用
[開会の辞]14:30~ 東北支部長 仁平政人
[研究発表①]14:40 〜 15:20
・木戸浦豊和(岐阜聖徳学園大学)
漱石の文学理論とW・ヴントの意識理論――文学モデル(F+f)
[研究発表②]15:35 〜 16:15
・大河内昌(東北大学名誉教授)
固有名をめぐって――柄谷行人の「転回」とポール・ド・マン


冷戦期文学としての江藤淳『成熟と喪失』
塩谷 昌弘氏(盛岡大学)
江藤淳は1962年からあしかけ3年におよぶアメリカ留学を終えて帰国した。帰国後の江藤の代表的な著作として、「第三の新人」と呼ばれる作家たちの作品を論じた『成熟と喪失』(1968)がある。ここで江藤は小島信夫『抱擁家族』(1965)に、戦後の日本における「自然」(=母)の崩壊を見ながら、一方でそれに耐える「治者」(=父)の存在を庄野潤三『夕べの雲』(1965)に見出している。江藤は、この中で『抱擁家族』に描かれる「セントラルヒーティング付きの家」を「近代」、あるいは「アメリカ」の象徴と見ているのだが、むしろこうしたアメリカ的な住宅への変容は、それが石油エネルギーを消費する「家」であることともに、極めて冷戦的な文化表象だったと言える。それは江藤が「治者」を見出した庄野の『夕べの雲』の「家」でさえ、そうだったのである。
本発表では、江藤が取り上げたこうした「第三の新人」の文学作品を、冷戦期の文学として読み直してみたい。また、それが後の江藤の検閲研究に、どのように結びついていくのかということも視野に入れて考えてみたい。