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要旨②

『トロイ戦争は起こらない』を解きほぐす ―《重ね書き》から上演まで―

                      間瀬 幸江(宮城学院女子大学

 

『トロイ戦争は起こらない』は、作者ジロドゥの記憶の重ね書きで編まれている。ホメロス叙事詩に表れるトロイ戦争の物語を外枠に持ちつつ、アリストパネスの『蛙』や中世の『トロイ物語』などのテクストを彷彿とさせる細部を含む。そして、ジロドゥが、主人公のエクトール同様に、最前線で戦争を経験したことが、重ね書きにさらに塗り重ねられたことだろう。

初演から80年以上が過ぎたが、初演が伝説化して語り継がれたために、ジロドゥの作品からは、メロドラマの絵空事のイメージを拭い去り難い。しかしすくなくとも『トロイ戦争は起こらない』の上演は、フィクションとドキュメンタリーの境界を巡る問いと向き合うことであり、そのことは、今日なお変わらない。演劇で戦争を語ることは、現実にある戦争といかに関わるのか。本発表の目的は、ジロドゥのテクストを構成するレイヤーを整理し、戦争を語るときに生起するフィクションのありかたについて議論を始めるための入口に立つことである。