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日本比較文学会東北支部のページ

日本比較文学会の東北支部活動について情報発信して参ります。

日本比較文学会2016年度東北大会について(予告)

本年度東北大会は、11月26日(土)午後より 福島大学M棟第1講義室(M1)にて

開催予定となっております。

みなさまどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 

[事務局よりお知らせ]

・大会に先立って、11:30 より、同会場にて役員会を開催致します。
役員のみなさまはどうぞご参集ください。議題は別途お送り致します。


・大会終了後、懇親会を開催致します。会場準備の都合もございますので、ご出席いただけます方は、7/25(月)までに事務局(山形大学森岡研究室)までご連絡下さいますと幸いです。会費、会場等は未定ですが、JR 仙台駅近辺を予定致しております。

[特集発表]要旨②

三島由紀夫のアメリカ認識


                            山﨑 義光(秋田大学


 三島には6 回の渡米体験がある。「世界で一番ニューヨークが好き」(「ニューヨーク」1960)という三島は、端的に言えば親米である。とはいえ、それは理想や憧れ(それゆえの劣等感)の対象だったのではない。パリやロンドンよりも、アメリカにこそ20 世紀の世界的動向の尖端が体現されているとみた。「憂國」と同年に発表した「美に逆らうもの」(1961)では、「北米合衆国はすべて美しい」とし、「ディズニイ・ランド」と「大雑誌の広告欄」といった「商業美術」に「現代的な美の普遍的な様式」をみる。その一方で、「ひたすら美的感覚を逆撫でするやうなもの」をこそ求め、「香港」のタイガーバーム・ガーデンを、ポー「アルンハイムの地所」になぞらえて、見出していた。両者はポジとネガのような表裏の関係にある。そうした20 世紀後半のモダニティ認識と批評的な視角の変奏を、「幸福といふ病気の療法」(1949)から「旅の墓碑銘」(1953)『鏡子の家』(1959)「帽子の花」『美しい星』(1962)などの小説にみることができる。三島がアメリカ認識を経由して提起した「居心地の悪さ」(大塚英志)をめぐって考えたい。

[特集発表]要旨①

青空のゆくえ:あるいは戦後日本社会における「アメリカ」表象の分析


                       鈴木 貴宇(東京支部、東邦大学

 

 戦後日本社会が出発する占領期の言説を概観すると、「焼け跡」に代表される喪失感と並んで、戦後民主主義社会の到来と希望を象徴する〈青空〉表象の頻出に気づかされる。その様態を大衆文化において象徴するものとして、並木路子の歌う「リンゴの唄」(1946)が挙げられる。「赤いリンゴ」に込められた生命的なるものへの希求と、これから始まる新しい時代への希望が〈青空〉として表象されている様子が看取される。しかし、視線を例えば戦後詩に向けると、そこで登場する〈青空〉には希望だけではない、重層的な意味が込められてもいたことが明らかになる。飯島耕一は、代表作「他人の空」において、禍々しいまでに物質的で絶対的な他者としての「空」を描くことで、敗戦期の人々が経験したであろう虚無感と疎外感を形象化した。本発表は、こうした重層的な意味を持つ〈青空〉表象に着目することで、敗戦から占領期を経た時期の日本社会に生きた人々の感受性を抽出し、それがやがては生活全般のアメリカナイゼーションへと浸透していく様態を明らかにしようとするものである。

[特集]趣旨文

再論:〈戦後〉日本文学のアメリカ表象

                                                                       司会・コーディネーター 森岡卓司

  

 占領期資料の整備と公開との進捗にともなって、第二次世界大戦後の占領という体験を具体的な位相において再検討する研究がいくつかの注目すべき成果をあげつつある。それらは、その後に続く時代の日本文学、とりわけ、閉じられた一定のイメージのもとに語られてきた〈戦後〉文学の像を再考する契機ともなりうるだろう。今回の特集では、吉見俊哉『親米と反米―戦後日本の政治的無意識』、大塚英志サブカルチャー文学論』、赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』などの先行する成果も手がかりとしつつ、こうした問題に取り組んでみたい。本特集は、個別の研究発表によって構成するが、終了後、総合的な討議の時間を用意したい。