川端康成『伊豆の踊子』における自然の表象 ―英訳との比較から―
秋田県立大学 江口 真規
川端康成の『伊豆の踊子』(1927)は、エドワード・サイデンステッカーによって 1955 年に The Izu Dancer として英訳された。原文と訳文を比較した際の大きな違いの一つは、自然の表象である。主 人公と老人や旅芸人との交流の場面が大幅に削除されることにより、擬人化された自然の表現や、 老人や死んだ赤子につきまとう「水」のイメージ、鬱蒼とした山、鳥鍋の様子など、そこに含まれ る多義的な自然表象は姿を消している。先行研究でも指摘されてきたように、この英訳の初出であ る The Atlantic Monthly の別冊誌が反共的な性格をもつ冷戦プロパガンダの下に出版されたことを 考えれば、自然表象もまた、日本を海外に紹介するエキゾチックな明るい旅行記の機能を補強して いたといえるだろう。原作に描かれた伊豆の自然は翻訳によって変化することになるが、この点に ついて本発表では、エコクリティシズムにおける場所の概念と翻訳という問題を提起したい。