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[特集 自然表象と〈モノ〉の翻訳]講演要旨

 

東西の〈蟋蟀〉をめぐって ―芥川「羅生門」とエリオット『荒地』の場合―

                      筑波大学名誉教授   荒木 正純 氏

 

 本発表は、芥川「羅生門」(1915 年)の〈蟋蟀〉とT.S.エリオット『荒地』(1922 年)の〈cricket〉 のテキスト内における存在性を追究し、東西の〈蟋蟀〉に関する捉え方の差異を呈示しつつ、芥川 とエリオットのテキスト生成の実態に迫る。

 前半では、「羅生門」の「蟋蟀」について、吉田精一(1970 年)、海老井英次(1982 年)、首藤基澄(1997 年・2008 年)の読みを検証したのち、荒木(2010 年)の読みを呈示する。そ こでは、この語が明治期の「蟋蟀(きりぎりす)」言説、とりわけ明治期に英語から多数翻訳された イソップ寓話「蟻と蟋蟀」を連想させることを検証したのち、この寓話を使用した多くの「修身」 言説に対する芥川の姿勢を読みとることになる。

 後半では、『荒地』の〈cricket〉をとりあげ、まずこの語が日本語訳では「蟋蟀」と訳され、多 くはとりわけその「声」との関連から読まれているが、典拠の旧約聖書ではこの語は食べ物と位置 づけられていることを指摘する。ラテン語ウルガタ聖書で対応する語「オフィオマクス (ophiomachus)」は、「蛇使い座」と「アスクレーピオス」を意味し、後者は〈アプロディーテとヒ ポリトゥス〉神話の重要な登場人物であり、エリオットはこの神話を読みとらせる装置として 〈cricket〉を使用したことを検証する。