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「特集研究発表]要旨①

高橋由貴

 大江健三郎のアメリカ体験 ―「アメリカの夢」から「狂気を生き延びる」文学へ

 

 1965 年の夏から秋にかけて、大江健三郎は初めてアメリカを旅行する。このアメリカ滞在は、ロックフェラー財団が提供するハーバード大学国際夏季セミナーへの出席と、国防省主催のインターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラムに基づくアトランタ市、ミシシッピー周辺地方の視察であった。この旅行について、滞在中および旅行後、『アメリカ旅行者の夢』(『世界』、1966年9 月~12 月)をはじめとするいくつものエッセイを発表する。とくにこの『世界』連載は、岩波新書での出版を前提としたものだったのだが、「暗礁にのりあげ、中絶したまま」「書きつぐことがおよそ不可能になる」(『鯨の死滅する日』1972 年)。では、それは一体なぜなのだろうか。
 本発表では、1965 年前後に執筆された批評的散文を扱い、大江が「アメリカン・ドリーム」という語で描いたアメリカ受容の様態を論じたい。具体的には、若き飛行士リンドバーグ、大統領ケネディ、そして核戦争をシミュレーションするハーマン・カーンらを代表例とするアメリカン・ヒーローたちの「夢」と、この「アメリカン・ドリーム」が体現する1960 年代の状況に抗して執筆する現代アメリカ文学への評価と大江独自の解釈を辿る。さらに、これらの検討を踏まえた上で、なぜ、冷戦構造下に展開される大江文学の根幹に《se dépasser》《outgrow》などといった「生き延びる」という概念が据えられるのかを明らかにする。また、これらを論じることによって、1970年代に入り、大江がアメリカという問題を離れ、沖縄や南米に目を転じ、あるいは民俗学をはじめとする土着的なものへと関心を向ける道筋ついても検討する予定である。