日本比較文学会東北支部のページ

日本比較文学会の東北支部活動について情報発信して参ります。

[特集発表③]要旨

〈14:25 〜 14:50〉

ドゥシェグープカの記憶——長谷川四郎『シベリヤ物語』と戦後日本

村田裕和(北海道教育大学旭川校

 長谷川四郎『シベリヤ物語』(1952年)には「ドゥシェグープカ」(Душегубка 移動ガス室)という言葉が出て来る。この言葉を使ったソ連軍の将校は、ドゥシェグープカを「巨大なる大量殺人装置」と説明していた。仔細に読めば本書にはドゥシェグープカの比喩的イメージが随所に散りばめられている。しかし、『シベリヤ物語』は「のんきな本」で、苦難のシベリア抑留体験を十分に表現していないという違和感が示されてきた。本多秋五は『物語戦後文学史』において、大岡昇平を対照的に浮かび上がらせる文脈の中でのみ長谷川四郎に言及しており、無視しえない存在でありながら位置づけの困難な作家とみられてきたように思われる。長谷川四郎の異質性は、現在に至るまで日露関係史そのものが忘却され、シベリア抑留の記憶がいまだ了解不可能なものとして歴史の片隅に投げ出されていることと深く関係しているのではなかろうか。『シベリヤ物語』の分析を通して戦後日本の忘却と無意識を考えたい。