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[研究発表②]要旨

山田英生(早稲田大学大学院)

症例サド侯爵――澁澤龍彦における『黒いユーモア選集』受容について

 

 シュルレアリスムや小ロマン派、あるいはエゾテリスムの日本への紹介者として名高い澁澤龍彦(1928-1987)の著述家としての出発は、アンドレ・ブルトン『黒いユーモア選集』(初版1940年)との接触によって強く規定されていると言われてきた。マルキ・ド・サドに代表される『黒いユーモア選集』に収録されている作家たちにこだわりつづけた澁澤のキャリアを考えるのであれば、このブルトンによるアンソロジーから澁澤の仕事を理解しようとする発想は確かに自然なものではある。また、澁澤自身の自伝的な証言や、巖谷國士のような生前の澁澤と交流のあった文学者による証言もこの読解を支持してもいよう。

 しかし、澁澤の最初の評論集『サド復活』(初版1959年)を比較文学的な手法によって詳細に検討するのであれば、澁澤の出発の別の様相が見えはじめる。そこではブルトンの「黒いユーモア」にかんするディスクールとともにそれとは別のなにかが、その淵源を隠蔽されつつ澁澤の過剰に装飾的なテクストを構築している。

 本発表は、『サド復活』の分析に、『黒いユーモア選集』に加えて、モーリス・ブランショジョルジュ・バタイユピエール・クロソウスキーらのテクストとの比較対照を導入することで、上述したような澁澤の出発についての通説に対して別の見解を提示するものである。この作業によって最終的に、澁澤における『黒いユーモア選集』受容の独特な在り方を剔抉し、この選集から症例として取り出されたサドを語る際の手つきに顕著に見てとれる澁澤の奇妙な態度決定をテクストの分析から具体的に示すことを目指す。